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東京地方裁判所 昭和45年(特わ)424号 判決 1970年9月19日

主文

被告人を懲役六月に処する。

ただし、この裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人はプロ野球中日球団の投手であったが、同球団が東京方面に遠征した際宿泊する東京観光ホテルにおいて、同ホテルフロント係深沢壮美、同ボーイ鈴木貞男等を通じて知り合いとなった日本小型自動車振興会登録の小型自動車競走の選手である森田庄三郎(当二五年)に対し

第一、昭和四四年七月八日ころ、東京都港区高輪四丁目一〇番八号所在の右東京観光ホテル六〇〇号室において、前記森田が同年六月二七日開催された昭和四四年度千葉県営第二回船橋オートレースの第五日目第一〇競争に出走した際、被告人に予め打合せておいた同選手が着外におちる旨の合図を送っていわゆる八百長レースをしたことの報酬として、現金五〇、〇〇〇円を供与し

第二、深沢壮美・鈴木貞男と共謀のうえ、同年七月一五日ころ、同都品川区西品川一丁目一一番五号所在島田殖壬方矢野恵子居室において、前記森田が同月一一日開催された昭和四四年度東京都営第四回大井オートレースの第四日目第一一競走に出走した際、被告人に予め打合せておいた着外におちる旨の合図を送っていわゆる八百長レースをしたことの報酬として、現金五〇、〇〇〇円を供与し

もって、右各小型自動車の競走に関し、それぞれ賄賂を供与したものである。

(証拠の標目)≪省略≫

(適用法令)

被告人の判示所為はいづれも小型自動車競走法第三一条第一項、第二八条に該当する(第二の点につき刑法第六〇条)ところ、以上は刑法第四五条前段の併合罪であるから、同法第四七条本文、第一〇条に則り所定刑中いづれも懲役刑を選択し、犯情の重い判示第一の罪の刑に法定の加重をなし、その刑期範囲内で被告人を懲役六月に処し、刑の執行猶予につき同法第二五条第一項を適用する。

なお判示第二の罪に関する公訴事実は、被告人において現金一〇〇、〇〇〇円を供与したとするものであるが、一件記録によると、右金員が被告人から森田に供与された経過は被告人から深沢に、深沢から鈴木に、鈴木から森田にと順次手渡され、結局最終的には森田に現金一〇〇、〇〇〇円渡ったことになるが、被告人は深沢に渡す際、同人に対する仲介謝礼分として五〇、〇〇〇円、森田に対する報酬分として五〇、〇〇〇円とそれぞれ金額を明定し、これを区別して手交したのに、深沢はその後森田に渡す被告人の報酬として五〇、〇〇〇円では少ないのではないかと考え、独だんで自分が貰い受けた謝礼の五〇、〇〇〇円まで森田に対する金員に上のせして一〇〇、〇〇〇円にし、恰もこれが全額被告人から出たかのようにして、鈴木を通じて森田に手渡したものであって、深沢は、あとにも先にも、この間の事情を鈴木や森田には勿論、被告人にすら説明ないし報告したことがなかった事実が認められる。

そして本件賄賂の供与につき、深沢、鈴木両名の果した役割、その地位、被告人との関係等からみて、同人等は一応共犯者としての責任は免れ得ないとしても、賄賂を供与するか否か、またその金額、供与時期等の決定権及び金員出所先は、あげて被告人のみの腹中にあり、深沢等は(金額の点につき、一、二度被告人から話をかけられたことがあったとしても)被告人の指示によって、ただ機械的に金員の受渡しといういわば幇助的色彩の強い行動をとったに過ぎないもので、もとより、供与金額を勝手に増減するようなことは到底許容される立場にはなかったといわなければならない。このように同じ共謀者の行為であっても、本件に関する深沢の、被告人が関知もせず、被告人の意思にも基づかない勝手な供与金額の増額行為についてまで、被告人にその責任を負わせるのは相当でない。

以上のとおり、たとえ森田において、一〇〇、〇〇〇円受領した事実があっても、被告人のあづかり知らない超過分の五〇、〇〇〇円については被告人に供与の責任がないものというべく、結局被告人に対しては当初の五〇、〇〇〇円の限度内で問責されるべきものである。

よってこの超過部分の五〇、〇〇〇円については結局犯罪の証明がないことに帰するが、一罪の一部であるから特に主文で無罪の言渡しをしない。

よって主文のように判決する。

(裁判官 中野武男)

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